今日は宣伝とか特にありません。なんとなく思ったことを書き連ねて行くつもりです。

さきほどNEW GAME!の第四巻を読んでおりました。ある程度長くオタクやってる人間なら共感していただけると思うのですが、美少女キャラにのめり込み過ぎると、萌え過ぎると、愛しすぎると、……その分だけ悲しくなるんです。切なくなるんです。何故ならこの世界にその女の子は存在しないから。萌えると同時に我々は悲しいんです。悔しくて、やるせない。そして淡い幻想を抱く者達が現われます。「あぁ、俺も美少女になりたいな」と。なりたかったなと。生まれ変わったらなりたいな、と。
これは断じて女装癖だとか変態だとか、そんな代物ではないんです。太陽に手を伸ばしても届かない。太陽に恋焦がれた結果、ならばいっそ太陽になってしまおう。こういった対象に「近づきたい」、「模倣したい」というリスペクトなんですこれは。少しオーバーに言えば、孫悟空にあこがれた少年がカメハメ波を出そうとひたすら庭で練習するのと一緒であり、女児がプリキュアに憧れを抱き、オモチャの魔法のステッキを振り呪文を唱える(デュフフ……)のと一緒であり、リスペクトなんです。美少女への。ただ、性別を超越してしまっているから誤解が生じ、悪いものだと感じてしまうんです。

ここまでは割りと皆が、同士諸君なら分かってくれることだと思う。その通りだ、と。ロイドよ、お前は間違っていないぞ、と。
だけどね、ここからはメタラーの持論です。メタルやってる人間だからこそ、だからこそ尚更、可愛くて美しくて、華奢でキレイな美少女に惹かれるのだと。そういう原理に気付いたんです。
それは「対極にあるものって、引かれ合う(=惹かれ合う)」んです。どういうことかと言うと、ヒーローと悪役が居て、悪役はヒーローが羨ましい、妬ましい、俺も実はヒーローになりたかったんだ。けどなれなかった、だからヒーロー、お前の邪魔をしてやるぜ! みたいな。これはいずれ味方になるパターンですね。こういうシナリオ、漫画とかアニメで見たことありません?
ようはね、反対のポジションに居る立場、存在っていうのは気になるんですよ。美女が野獣に惹かれるように、逆に野獣が美女に惹かれるように。男が女に惹かれるように、女が男に惹かれるように。分かりますか? 反対側にはね、自分に無いものを持っている存在があるんです。無いものは気になるんです、人間は強欲だから。だから惹かれる。ムサ苦しくてイカツイ禿げ散らかしたメタルのオッサンが、美少女へ惹かれるんです。ガリガリがマッチョに憧れるのもしかり。ただし必ずしも両者が対極へ惹かれるわけではないのがこの話のポイント。一方通行なんです。マッチョはガリガリに憧れないし、美少女はハゲのオッサンには憧れない。

だからね、私は生まれ変わったらまんがタイムきららに出てくる美少女になりたい。その為に、現世はメタルバンドの一、大物アーティストにならねばならないんです。何故なら、「美」を知ることは「醜」を知ることだから。法を知るということは、同時に「罪」を知るということと同じ。何か一方向を知ることはつまり、その対極に位置する事柄、「反対」を知ることなんです。だから現世で「醜」を知り極めることで来世、「美」に生まれ変わるんです。何故生まれ変われるのかと言えば、すなわち「世界はバランスで出来ている」から。何かが「1」増えれば、反対の何かが「1」減るんです。酸素と二酸化炭素が分かりやすいかな。有限である地球は、いや宇宙は、そうやって100%のバランスを保っているんです。だからきっと、醜を極めた先に、美の極みが待っている、そう考えるんです。
だから、今なら言える。例えばオーディション(落っこちた)で審査員に「なぜバンドで大物になりたいんですか?」と聞かれたら、俺は胸を張り、声高らかにこう答える
「生まれ変わったら美少女になりたいからです」、と
Fin

ああ、でも夢は語るものだ。語るだけ自由だ。だから言ってもいいよね。あわよくば美少女になってバンドをやって大物になって解脱したい。こんな事を真面目な顔で言っているとロイドの頭が暑さでとうとうお釈迦になったと思う人も居るだろう、けどね。最初からお釈迦だったんだよ。生まれたとき、頭の大事なビスを落っことして来ちまったんだ。分娩室に。それが、なんというかあれだ。小学校高学年になってテメェのチ〇コのいじり方をマスターした頃には出来上がってたね。完全体だ。後にも前にも、俺の周りで大変な事件がたくさん起きているんだけど、残念ながら公序良俗の都合上それをここでは言えない。

ハリウッドで映画化されたら困るからね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です